ネガティブプロンプトは「並べる」ものではない — 長い定型が効かない理由
目次(9 項目)
worst quality, low quality, lowres, bad anatomy, bad hands, mutated hands, poorly drawn hands, extra limbs, ugly, blurry, text, watermark...
こういう定型を貼っている人は多いはずです。長いほど効きそうに見える。
ところが仕組みを見ると、長くすることは逆に働きます。 そして中身を調べたら、そもそも効かない語が半分近く混ざっていました。
ネガティブは何をしているのか
まず、モデルの側から見ます。
画像生成では、モデルが2つの予測を出します。プロンプトを見た場合と、何も見なかった場合。この2つの差を取り、その方向へ CFG の値だけ押し出すことで「プロンプトらしさ」を強めています。
ネガティブプロンプトは、この「何も見なかった場合」の枠を乗っ取ります。 空欄の代わりにネガティブの文章を入れることで、「そこから離れろ」という指示になるわけです。
ここで大事な性質があります。
ネガティブの文章は、まるごと1つの埋め込みに変換されます。
単語ごとに個別に引き算されるのではありません。書いた全体が1つの方向としてまとめられ、その方向から離れる。これが実際の挙動です。
だから長い定型は「薄める」
10語書けば、その10語を平均した1つの方向から離れることになります。
たとえば bad hands だけを入れれば、方向は「崩れた手」を指します。そこへ text, blurry, watermark, ugly, extra limbs... を足すと、方向は10個の平均になり、手からずれていきます。
長い定型が良くないのは、無駄だからではありません。避けたい1つのことに向いていた矢印を、他の語で引っ張ってぼやけさせるからです。
実際に出た失敗だけを足す、という手順にはこういう理由があります。
モデルは学習の途中で、ネガティブプロンプトを一度も見ていません。
ネガティブプロンプトは、その空き枠に文章を入れたらどうなるかという発想から生まれた使い方です。モデルの中に「これは避けるべきもの」という概念があるわけではなく、ただ指定した方向の逆に進んでいるだけ。
公式ドキュメントに「ネガティブの正しい書き方」がはっきり書かれていないのも、こう考えると腑に落ちます。もともと設計されていた機能ではないからです。
定型には3種類が混ざっている
次に中身です。同じ1行に見えて、効き方の根拠がまったく違う3種類が混ざっています。
Danbooru のタグ体系で学習しているモデル(Illustrious・NoobAI・Animagine 系)なら、そのタグが Danbooru に実在するかで「そもそも効かない語」を弾けます(Danbooru の記事)。API で1件ずつ引きました。
A. Danbooru には無いが、モデル側が付けた品質タグ
| 語 | Danbooru の件数 |
|---|---|
masterpiece best quality low quality bad quality |
項目はあるが 0件 |
worst quality very aesthetic newest |
タグ自体が存在しない |
Danbooru 由来ではありません。 NoobAI XL はモデルカードで、学習データを評価順に並べたパーセンタイルで品質タグを振ったと明記しています(masterpiece =上位5%、worst quality =下位30%)。
つまりこれらはモデルの作者が学習時に作った語です。だからこそ確実に効きます。ネガティブに置く worst quality, low quality が本体だというのは、この意味です。
B. 実在する Danbooru タグ
| 語 | 件数 |
|---|---|
signature |
440,930 |
blurry |
310,155 |
watermark |
243,879 |
lowres |
112,595 |
jpeg artifacts |
27,335 |
bad anatomy |
18,275 |
bad hands |
3,357 |
extra digits |
530 |
username |
94 |
上と下で件数が2桁以上違います。 数十万件あるタグは、モデルが十分に学習しています。⚠️ ただし「件数が多いほど強い」ではありません。数百件でも十分に効く語が実測で見つかっています(構図・ライティングの記事)。件数は「学習データに無い語」を弾くための目安です。
「bad hands を入れれば手が直る」は期待しないほうがよい。 下の実測でも変わりませんでした。
⚠️ ただし主な理由は件数ではありません。 Hand1000 の論文が、もっと強いことを書いています。
When the text prompt includes information related to human hands ..., the model struggles to associate this with corresponding hand images, indicating its inability to accurately comprehend text containing hand-related information
手に関する記述そのものを、モデルが正確に理解できていない。 つまり語で手を指示するという方式が根本的に不利で、ポジティブでもネガティブでも同じです(修正ツールの記事)。件数の少なさはこれと整合しますが、綴りを変えても語を増やしても届かない理由はこちらです。
だから手の破綻は、構図(手を写さない)かインペインティングで対処することになります。
C. どちらでもない語
mutated hands と poorly drawn hands はタグ自体が存在しません。ugly text error extra limbs missing fingers は項目こそあるものの付与件数が0件で、実質的に使われていません。
SD1.5 の時代に広まった定型が、そのまま引き継がれたものです。
⚠️ ただし「まったく無意味」とは言い切れません。 SDXL のテキストエンコーダは自然言語で事前学習されているので、ugly のような単語は普通の言葉としての意味を持ちます。正確には「学習されたタグのような鋭い結びつきは無く、ぼんやりした方向として働く」です。
それでも入れる理由にはなりません。 上で見たとおり、語を足すほど方向は平均されて鈍ります。ぼんやりした語を足すことは、鋭い語の足を引っ張ることでもあります。
EasyNegative は今のモデルでは読み込めません
いまでも紹介されることがありますが、EasyNegative は SD1.5 用の embedding(Textual Inversion)です。
embedding は「テキストエンコーダが理解する数値」を直接ファイルにしたものなので、エンコーダの構造が違うと読み込めません。SD1.5 と SDXL では構造そのものが違います。
したがって Pony / Illustrious / NoobAI などの SDXL 系には、そのまま持っていけません。SDXL 系では embedding に頼らず、上のAの品質タグで済ませる形になります。
効くかどうかは CFG で決まります(1 なら完全に無効)
もうひとつ、設定側の話があります。
ネガティブの効きは CFG の値から1を引いた分に比例します。CFG が 1 のとき、効きはちょうど 0 です。
| CFG | ネガティブの効き |
|---|---|
| 1.0 | 0(無効) |
| 1.1 | 0.1 |
| 2.0 | 1.0 |
| 5.0 | 4.0 |
DMD2 のような高速化 LoRA を使うと CFG を 1〜2 まで下げることになります(パラメータの記事)。
⚠️ 1 で回すなら、長い定型を貼っても完全に無駄になります。
そこから上げるとどうなるかは、式のうえでは 1.1 が 0.1、2.0 が 1.0 で10倍の差です。⚠️ ただし絵としてどれだけ違うかは測っていません。 このサイトの実測は 2 で回していますが、1.1 と比べたわけではないので「2 まで上げる必要がある」とは言えません(パラメータの記事)。ネガティブを効かせたいなら 1.1 から上げて、効きはじめる点を自分で探すことになります。
そして通常の CFG(5〜7.5)なら係数は 4.0〜6.5 になるので、式のうえではネガティブは十分に効く範囲です。⚠️ ただし「公式が積極的に使うよう勧めている」という書き方は取り下げます。 Illustrious の v0.1・v1.0・v1.1 のモデルカードを確認しましたが、ネガティブについての記述はありません(2026年9月7日確認)。上の話は式から出るもので、モデルカードの裏づけがあるわけではありません。
モデル別の出発点
| 系統 | 最小のネガティブ |
|---|---|
| Illustrious 系 | worst quality, low quality, lowres, jpeg artifacts, signature, watermark |
| NoobAI 系 | 同上(品質タグの定義が公開されているぶん、効きは確実) |
| Pony 系 | lowres, jpeg artifacts, signature, watermark(品質語は使わない)。低スコア側の score_4, score_5, score_6 は任意で試す扱い |
| DMD2 など低 CFG 構成 | worst quality, low quality, signature, watermark の4語で十分 |
| PixAI のマージモデル | モデルページの推奨が最優先 |
用途別に足すものは、実際に出た失敗に対応させます。文字が出るなら text, english text, speech bubble、複数カットに割れるなら multiple views、意図しない性別が混ざるなら 1boy または 1girl。
実務手順
- 最小構成で1枚出す。品質タグ+署名・透かし系だけ
- 出た失敗を見てから足す。予防的に足さない
- 足した語を1つずつ外して確かめる。同じシードで外して差が出ないなら、その語は方向を鈍らせているだけ
- CFG を確認する。低い構成ではネガティブに期待しない
実際に、4通りのネガティブで出しました
Haruka v2 + DMD2・8ステップ・CFG 2・DDIM・3:5・シード固定を基準に、変える条件だけを1つずつ差し替えて出しました。(⚠️ CFG 2 は当時使っていた構成の値で、検証のために選んだものではありません。推奨として導いた 1〜1.1 はあとから出てきた値です → パラメータの記事。なお 2 ではネガティブの係数が 1.0 なので、効かなかったことを「弱すぎたから」で片づけられないのは確かです)手が写る構図(cowboy shot, hands on own hips)にして、ネガティブだけを変えています。
| ネガティブ | 結果 | |
|---|---|---|
| 基準 | 品質タグ+署名系の6語 | 手の指がやや融合している |
| 手対策 | + bad hands, mutated hands, poorly drawn hands, extra digits |
変わりません |
| 長い定型 | よくある20語の定型 | 変わりません |
| 最小 | worst quality, low quality の2語だけ |
変わりません |
4枚ともほぼ同じ絵です。 手の状態も同じ。
ここから2つ言えます。bad hands を並べても手は直りません(理由は上のとおり、件数の少なさではなく、モデルが手に関する記述そのものを理解できていないためです)。そして長い定型を貼っても、短くしても、目に見える差は出ませんでした。
⚠️ ただし「長いと鈍る」という理屈の証明にもなっていません。悪くもならなかったからです。そして この結果は DMD2・低 CFG の構成でしか言えません。 蒸留モデルは教師の guidance(DMD2 の SDXL は CFG 8)を内側に持っているので、生成時の CFG を通常モデルの数字と突き合わせることができません(パラメータの記事)。通常の CFG で回している人が、この結果からネガティブを捨てる理由にはなりません。
まだ分かっていないこと
- Danbooru の件数と、モデル内部での効きがどこまで比例するのか。件数は目安であって、学習時の重み付けまでは追えていません
- 何語まで入れると方向が鈍るのか。仕組みからは「増やすほど鈍る」と言えますが、実用上の分かれ目は測っていません
- PixAI 上のマージモデルで、元の系統の品質タグ応答がどこまで保たれているか
- Pony 系のネガティブに低スコアタグを入れる効果。score タグ自体が設計どおりに機能していないため(品質タグの記事)、ネガティブ側も素直とは限りません
出典
- Danbooru tags API — 各語の実在と付与件数(2026-09-03 取得。2026年9月7日に全語を引き直し、判定は変わらず)
- ReNeg: Learning Negative Embedding with Reward Guidance(arXiv) — ネガティブは単一の埋め込みとして null 埋め込みを置き換える
- Normalized Attention Guidance(arXiv) — ネガティブ条件が生成をその記述から遠ざける仕組み
- Classifier-Free Diffusion Guidance(Ho & Salimans, 2022 / arXiv) — CFG の原論文。学習時に条件を落として訓練する
- NoobAI-XL v1.0 モデルカード(Laxhar) — 品質タグのパーセンタイル定義
- Illustrious XL v1.0(OnomaAIResearch) — ⚠️ ネガティブプロンプトについての記述は無い(v0.1・v1.1 も確認。2026年9月7日)
- 【完全版】Crody の Illustrious / NoobAI 画像生成ガイド — 実際に使われている長いネガティブの例
- illustrious / noobAI でプロンプトを組むときに気をつけていること10選(akiraU) — Illustrious / NoobAI でのネガティブの組み方
- PixAI SDXL Prompting Guide(公式) — 用途別ネガティブの考え方
2026年9月4日確認、9月7日に件数を再照会し、Illustrious のモデルカードへの帰属を訂正。9月10日に、bad hands が直らない理由の記述を統一(記事の前半で Hand1000 論文の結論を出したのに、実測の考察部分だけ「切り分けられていない」という古い表現が残っていた)。