ステップ数とは何か — 減らせる理由が2つあり、片方は罠を持っている
ステップ数を上げると絵が良くなる、と言われます。そして上げるとクレジットが増える。だから「どこまで上げるか」が悩みどころになる。
ところが論文まで戻ると、話がもう少し込み入っていました。 ステップを減らす方法は2種類あって、性質がまったく違います。そして PixAI の初期設定は、そのうち片方の性質を台無しにする組み合わせになっています。
ステップとは何回のことか
拡散モデルは、ノイズだらけの状態から出発して、少しずつノイズを取り除いて絵にします。各ステップでモデルを1回走らせるので、回数がそのまま計算量になります。
なぜ何回も要るのか。DDIM の論文が、元の方式の問題をこう書いています。
require simulating a Markov chain for many steps to produce a sample
マルコフ連鎖を何ステップもシミュレートしないとサンプルが出ない。
だから途中で止めれば途中の絵が出るはずです。⚠️ ところが、下で実際に試したら8ステップでも普通に完成していました。 仕組みからの予想がそのまま出るわけではない、というところは先に言っておきます(下の「減らす方法②」)。
減らす方法①:手順を変える
ひとつ目は、モデルはそのままで、たどり方を変える方法です。
construct a class of non-Markovian diffusion processes that lead to the same training objective, but whose reverse process can be much faster
訓練の目的は同じまま、逆向きの過程だけを速いものに差し替えた。だから学習し直す必要がありません。効果はこう報告されています。
produce high quality samples 10 × to 50 × faster in terms of wall-clock time
10〜50倍です。サンプラーを選ぶという行為は、この理論の上に乗っています。
σ という一個のつまみ
ここが核心です。DDIM は、逆向きの各ステップで足すノイズの量を σ という係数で表します。この値ひとつで挙動が変わります。
σ をゼロにすると、こうなります。
the coefficient before the random noise ϵt becomes zero. The resulting model becomes an implicit probabilistic model
ランダムノイズの係数がゼロになり、決定的になる。 逆に、σ を特定の値に置くと元の方式に戻ります。
When σt=(1−αt−1)/(1−αt)√(1−αt/αt−1) for all t, the forward process becomes Markovian, and the generative process becomes a DDPM.
この「σ を残した側」が、サンプラー名に付く a(ancestral)や SDE にあたります。(SDE は別の理屈ですが、毎ステップ乱数を引く点は同じです。詳しくは下のコラム)
だから Euler a は収束しません
σ が残っているということは、毎ステップでノイズを足し直しているということです。ステップを増やしても一点に落ち着かず、絵が変わり続けます。
PixAI のデフォルトサンプラーは Euler a です。
つまり既定のままだと、ステップ数を変えるたびに別の絵が出ます。同じシードでも同じです。
σ=0 側には、うれしい性質があります
決定的になるだけではありません。DDIM の論文は、こう書いています。
for the generated images with the same initial 𝒙T, most high-level features are similar, regardless of the generative trajectory.
同じ初期ノイズから出発すれば、経路が違っても高レベルの特徴は似る。 「経路が違っても」には、ステップ数が違ってもが含まれます。
これは実務上、はっきりした意味を持ちます。
8ステップで当たりを探し、気に入ったシードを高ステップで仕上げ直す。
この二段構えは、σ=0 側のサンプラーでしか成立しません。Euler a では、上げた瞬間に別の絵になります。
PixAI の一覧には12種類が並んでいて、σ=0 側と、ノイズを足し続ける側が混ざっています。
| サンプラー | |
|---|---|
| σ=0 側(ステップを上げても同じ絵に寄る) | DDIM / DPM++ 2M Karras / Euler / LMS / Heun / DPM2 Karras |
| ノイズを足し続ける側(別の絵になる) | Euler a / DPM2 a Karras / DPM++ 2S a Karras / DPM++ SDE Karras / DPM++ 2M SDE Karras / Restart |
当たりを探して仕上げる作り方をするなら、デフォルトから変える必要があります。⚠️ 実際に出して確かめたのは DDIM と Euler a の2つだけで、残りは名前と方式からの分類です。迷ったら実測した DDIM を使ってください。
実際に出して確かめました
Haruka v2 + DMD2・8ステップ・CFG 2・DDIM・3:5・シード固定を基準に、変える条件だけを1つずつ差し替えて出しました。(⚠️ CFG 2 は当時使っていた構成の値で、検証のために選んだものではありません。推奨として導いた 1〜1.1 はあとから出てきた値です → パラメータの記事)
| サンプラー | 8ステップ | 28ステップ | 結果 |
|---|---|---|---|
| DDIM | 8ステップ | 28ステップ | ほぼ同じ絵。構図・キャラ・服装・背景が保たれた |
| Euler a | 8ステップ | 28ステップ | 別の絵。目の色が紫から茶に変わり、セーラー襟が消えた |
同じシードで、ステップ数だけを変えた結果です。 Euler a では別人になりました。
当たりを引いたら、仕上げる前にサンプラーを変えておく。 これが実測から出た唯一の手順です。
DPM++ 2M Karras のような名前は呪文に見えますが、分解すると3つの独立した情報が入っています。
- DPM++ — 解き方(ソルバー)の種類
- 2M — 多段(multistep)。前のステップの情報も使う
- Karras — ノイズの減らし方の刻み(スケジュール)
そして a が付くかどうかが、上で見た σ の話です。別々の軸なので、掛け合わせの数だけ名前が増えます。 サンプラー一覧が意味不明に長いのは、これが理由です。
名前で判定できるのは2つで、a(ancestral)か SDE が付いていたら収束しません。SDE は確率微分方程式の略で、a とは別の理屈ですが、毎ステップで乱数を引くという点は同じです。
⚠️ ただし名前だけでは足りません。 Restart はどちらの印も持ちませんが、方式として「ノイズを減らす → 戻す」を繰り返すものなので、収束しない側です。上の表でそちらに入れているのはこの理由です。ほかは絵を見て好みで選んで構いません。
減らす方法②:モデルを作り直す
もうひとつが蒸留(distillation)です。手順ではなく、モデルそのものを訓練し直します。
多ステップの教師モデルが出す結果を、少ないステップで再現できるように生徒モデルを鍛える。DMD2 は出力の分布が教師と一致するように訓練する方式で、論文は1ステップ生成、推論コスト500倍削減、ImageNet 64×64 で FID 1.28 と教師を上回る、と報告しています。
「途中を飛ばしても同じところに着くように作り直されたモデル」です。設定でステップを削っているのではありません。
⚠️ ところが、ここで予想が外れました。
蒸留していないモデルを低ステップで止めれば「ノイズが残った未完成の絵」になるはずだと考えていました。ところが DMD2 を外して8ステップで回した1枚 は、普通に完成しています。未完成には見えません。
なぜかは分かっていません。DDIM が少ないステップでも形になりやすいのか、Haruka v2 側の性質なのか、そこは切り分けられていません。「蒸留がないと低ステップでは絵にならない」とは言えない、というのが実測から言えることです。
低ステップ向けに訓練されたものを並べておきます。
| 技術 | 出自 | ステップ |
|---|---|---|
| LCM | 2023年11月頃 | 4〜8 |
| SDXL Turbo | Stability AI | 1〜8 |
| SDXL Lightning | ByteDance(2024年2月頃) | 1 / 2 / 4 / 8 |
| Hyper-SD | ByteDance(2024年4月頃) | ステップ別の LoRA あり |
| DMD2 | — | 1 / 4(LoRA は4step版) |
DMD2 が扱いやすいのは、LoRA として乗せられる点です。 SDXL 系なら好きなモデルに適用できます。Haruka v2 で使えるのはこのためです。
この4つも PixAI のモデルマーケットに実在します(2026年9月10日確認)。「LCM&TurboMix LoRA」(使用回数2,060万・LCM と Turbo を1本にまとめたもの)、「Hyper SDXL 2steps-lora」(使用回数1,410万)、Lightning を組み込んだチェックポイント(AutismMix SDXL - Lightning など)が、いずれもコミュニティ製として上位に来ています。PixAI 公式が配布しているのは DMD2 だけで、他はユーザーが投稿したものです。
⚠️ アーキテクチャが違えば乗りません。 SDXL 用の DMD2 は DiT 系(Tsubaki)には乗りません(モデル選びの記事)。「Tsubaki も8ステップにすれば安くなる」はできない相談です。
蒸留の代償
- CFG をかけない前提で作られています。公式実装は
guidance_scale=0(diffusers では CFG 1 と同じ挙動)で、そこではネガティブプロンプトが数学的に効きません(ネガティブの記事)。⚠️ PixAI では CFG を上げられますが、蒸留モデルは教師の guidance を内側に持っているので上げると焦げます(パラメータの記事)。ネガティブを取るか焦げを避けるかの板挟みになります - ⚠️ 「多様性が減る」「細部が甘くなる」は、根拠を出せませんでした。 蒸留の代償としてよく挙げられますが、DMD2 の論文にはどちらの記述もなく、逆に教師を上回る FID(多様性が落ちれば悪化する指標)を報告しています。このサイトでも測っていません。確実に言える代償は、上の CFG の1点だけです
①のサンプラー変更は、同じモデルの中で近道を通ります。②の蒸留は、近道用に作られた別のモデルを使います。
似て見えますが、差し出すものが違います。①はモデルを替えずに済む代わりに、どこまで減らせるかがモデルとサンプラー任せです。②は極端に少ない回数を前提にできる代わりに、CFG を調整用のつまみとして使えなくなります(学習時に固定されているため → パラメータの記事)。
そして両方を同時に使うと、噛み合わせが問題になります。DMD2 の公式実装は LCM スケジューラを前提にしているのに、PixAI で実際に回すときは Euler a が既定です。設計された組み合わせではありません。
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8ステップという数字には、品質と課金の2つの理由があります。
課金のほうは実測で法則が出ています(クレジットの記事)。
実費 = 約 66.67 × (ステップ数 − 6.5) → 100 単位に丸める。ただし最低 200
⚠️ 下限があります。 3:5 なら1枚200が最低で、10ステップまでどれも同じ値段。ステップを削っても安くなりません(速くなるだけです)。公式デフォルトの28ステップは約1,400で、そこからは7倍の差になります。
⚠️ CFG はコストに影響しません(実測)。品質だけで判断してよいパラメータです。
⚠️ アスペクト比のほうが効きます。11ステップなら 9:16 が200、3:4 が500で 2.5倍の差。しかもピクセル数では説明がつきません(クレジットの記事)。縦長にするなら 9:16 一択です。
組み立て直すとこうなります
- 当たりを探す — Haruka v2 + DMD2・8ステップ・4枚まとめて(1枚あたり50)
- サンプラーを σ=0 側にしておく — DPM++ 2M Karras か DDIM
- 気に入ったシードを控える
- 仕上げだけステップを上げる — 同じシードで高レベルの特徴が保たれる
2をやっていないと、4が成立しません。 ここがデフォルト設定の落とし穴です。
自分で確認する必要があること
- DMD2 と σ=0 側サンプラーの組み合わせ — 蒸留モデルは LCM スケジューラ前提なので、DDIM に替えて素直に効くとは限りません。⚠️ 上の実測は DMD2 込みの DDIM でうまくいっていますが、8と28の比較しかしていません。仕上げに使うステップ数で一度確かめてください
- DMD2 が本当に必要か — 外しても8ステップで絵になりました(理由は切り分けられていません)。DMD2 は LoRA の枠を1つ使うので(パラメータの記事)、キャラ LoRA と画風 LoRA を重ねたいなら、外して成立するか試す価値があります
- 蒸留で画質と多様性が実際どうなるか — 「多様性が減る」「細部が甘くなる」は、論文にもこのサイトの実測にも根拠がありません。⚠️ 同じプロンプトとシードで DMD2 あり・なしを並べれば自分で判定できます(枚数を出せば多様性のほうも見えます)
出典
- Denoising Diffusion Implicit Models(Song et al., 2020 / arXiv 2010.02502) — マルコフ連鎖を多ステップ回す必要があること、非マルコフ化で同じ訓練目的のまま高速化できること、10〜50倍、σ=0 で決定的になること、σ を特定値にすると DDPM になること、同じ初期ノイズなら経路が違っても高レベル特徴が似ること
- Denoising Diffusion Probabilistic Models(Ho et al., 2020 / arXiv 2006.11239) — 拡散モデルの原論文
- DMD2: Improved Distribution Matching Distillation for Fast Image Synthesis(arXiv 2405.14867) — 1ステップ生成、推論コスト500倍削減、FID 1.28
- DMD2 モデルカード(HuggingFace) — SDXL 向け4step LoRA、
guidance_scale=0、LCM スケジューラ前提 - モデルパラメータ(PixAI公式ドキュメント) — デフォルト Steps 28・CFG 5・Euler a。⚠️ サンプラーを3種としているが、実際の画面には12種ある(2026年9月6日にアプリで確認)
- 画像生成AI高速化技術まとめ(LCM・turbo・lightning・hyper) — 各高速化技術の出自と対応ステップ数
- PixAI モデルマーケット — LCM・Turbo・Lightning・Hyper-SD がコミュニティ製 LoRA・チェックポイントとして実在すること(2026年9月10日確認)
2026年9月4日確認、9月7日に DDIM 論文の引用を原文と照合(abstract の3件は一字一句一致、本文の3件は内容が一致)。あわせて「蒸留の代償=多様性が減る・細部が甘くなる」を撤回しました(DMD2 論文に記述がなく、実測もしていないため)。9月10日に、LCM/Turbo/Lightning/Hyper-SD の PixAI での実在を確認(マーケットにコミュニティ製として存在。公式配布は DMD2 のみ)。